ビーチ・ピラティス in 石垣島

太陽と風と波のパワーを私の中にチャージ。ピラティスで「しなやかで強い」心と身体を作りましょう。

中庸。

「在り方」として大事にしたいこと。

それは、

【いつも、自分の中心にいる】ということです。


三次元の価値観に縛られると

【ポジティブが好ましい】というような意見に

ココロ惹かれます。


しかし、ポジティブであれネガティブであれ、

自分の中心から外れているとしたら、

違うかもしれません。


逆にいうと、

自分の中心にいて【ネガティブである】なら、

そこに大事な意味があるので、

それでオッケーなのです。

イライラを恩寵に変える方法。

若い頃の自分を振り返ってみると

よくイライラしていました。

 

思い起こせば

いつでも、どこでも、何をみても、

イライラしていましたね…

 

例えば、

運転中、マナーの悪い人をみてイライラ…

駅でタバコのポイ捨てをする人を見てイライラ…

家族の言動にイライラ…

締め切りギリギリで回ってくる仕事にイライラ…


どれも、直接その件について「おかしい」と言える訳でもなく、

自分だけが勝手にイライラしているのです。

いつも不満がたまっているので、

人に優しくできるわけもなく、どんどん悪循環にはまっていきます。

 


でも、こんなにイライラしていながら

自分ではあまり客観的に自己分析できていませんでした。

 

「自分は正しい」

「間違っているのは周囲だ」と正義感さえ抱いているので

自分のオカシサに気づいていなかったと思います。

 

でも、今ならそのイライラの正体が分かります。


私は、周りに合わせるばかりで

自分を生きていなかったのだと思います。


変なとこ、「いい人」だったのですね。

 

だから、今、ブログを読まれている方で

自分は「イライラしがちだ」という人は

「いい人」なのだと思いますよ。

 

でも、いつまでもイライラしていては免疫力も下がるし、

ハッピーになれません。


そこで、私がイライラ癖を脱出した考え方をご紹介します。

以前のブログでも書いたのですが、

私たちは、目に見える「三次元」と目に見えない「五次元」の

両方に同時に籍を置いています。


三次元的には、いろいろな事件、事故、アクシデント、嬉しいこと、悲しいこと、悔しいこと、何でも起こります。

どんなに悟っている人も、

注意深く悪いことは避けようと思っていても、

物事は起こります。


考え方のポイントは

三次元的に起きた事件は、

五次元的には「何かを伝えるため」なのだと知ること。


なので、「悲しい事件」「悔しいアクシデント」などと

正面からぶつかるのではなく、

感情がおさまったら、

 

「このことは、私に何を伝えようとしているのだろう」

「何か意味があるはず」と

 

その裏にあるものを読み解こうとしてみると良いのです。

 

すると、三次元的に「完全に相手が悪い」というようなことでも、

そのことが自分の目の前に見せられているのだから

「その風景を見る必要が自分の中にあった」ことを

「教えてくれた」と捉え直すことができます。

 

この「捉え直し」ができれば、

不思議なのですが、

同じような事件はもう、起こりません。


メッセージをきちんと受け取ることができたら、

もうそれを見せる必要がなくなるからです。


いつまでも三次元的に感情を消化できずにいると

メッセージを受け取れていないので、

また同じような問題が見せられるようになっているみたいです。

 

良いことも、悪いことも

五次元的には

「何かを大事なことに気づいてほしいというメッセージ」。

 

そう考える癖を付けると

イライラすることは起こらなくなります。


ぜひ、お試しください。

 

寝る間も惜しんで努力できるのは。

自分のやりたい事を思いっきりやって

ハッピーに成功しているように見える人々。


たとえば、

イチローさん

さかなクン。さん

を拝見していると、

【自分の中から生まれた問い】を解決するために

行動しているように見えます。


一方、私が【ニガテだった】学校では、

先生が問いを発して

ムリに答えさせられます。


先生からの問いは、

ほとんどの場合、

100パーセントに近い確率で、

【自分の中にある問いではない】

訳です。

 

自分から生まれる問いに向かっているとき、

それが解決に向かっているとき、

三次元的には

エネルギーを使っているように見えますが、

五次元的には

エネルギーがチャージされます。


だから、

「あの人。睡眠時間も削って、あんなに努力できるなんて素晴らしい!」と

周りからは見えます。


学校ではこの姿を見て

「だから勉強しなさい」って

【話をすり替え】ます。

 

イチローさんもさかなクンさんも

「だから、勉強している」訳ではない…のです。


もう一度、よーく見てください。


彼らがしているのは、「押し付けられた勉強」ではありません。

自分の興味に徹底的に向かっているのです。

ここが完全に違います。

 


「子どもが勉強がしない」

とか

「子どもがやる気を出さない」

とかいうけれど、当たり前なのです。


それは【自分の問いじゃない】から。

 

三次元的にもエネルギーが奪われ、

五次元的にもエネルギーが奪われている状態で

子どもはよく耐えている、と

褒めてやらないといけないくらいです。

 

自分の興味に向かうとき、

デスクワークも含まれるし、計算や漢字を読むことも含まれる。

それは確かに「勉強」のように見えます。

だから、勉強が大事じゃないとは言いません。

ある程度の知識や技術が必要なこともあります。

 

しかし「勉強」のように「見える」からといって、

「学校の勉強」「勉強の強制」とすり替えてはいけません。

「一番大事なところ」がゴッソリ抜け落ちて、

いつの間にかすり替わっています。

 

こういう狡猾な「すり替え」は、

支配層がやってきた「手」なのですが、

気のいい一般人は騙されます。

 

だって、勉強が大事じゃない訳ではないから。

 

いま、全てのことを

常識を取り去ってもう一度、

見つめ直す必要があります。


それなりの理由をつけて「こうだ」と言われると

善良な市民は騙されます。


よく気をつけて、心の目で見直す時期が来ていると感じます。

 

ニガテ。それでいい。

子どもの頃、若い頃、

学校がキライでした。

キライというか、【ニガテ】でした。


みんながワイワイしている場にうまく入れないし、

入っていっても別にそんなに楽しくもないのです。

顔は笑っていても、心から笑ってはいなかった。

そういう記憶があります。

 

でも、まわりの子たちは

ちゃんと先生の言う事を聞いているように見えるし。

友達同士、楽しそうにしているように見えるし。


場にうまく入っていけない【ワタシガ、オカシイ】という側面がある…

そう思っていました。

 

でも、今は分かります。


【そういう場がニガテな自分でオッケー】

だったのです。

 

先生はこう言います。

「みんな仲良くしましょう。」

「楽しく勉強しましょう。」

「先生の言う事をよく聞きましょう。」

「不平不満を言わず、がんばりましょう。」

「努力は大事です。」


どれも、いい事を言っているように見えます。

純真な子どもは騙されます。

 

自分が間違っているように感じて、自分を責めてしまいます。

 

でも、今の私は先生にきちんと反論できます。

【自分がどうするかは、自分で決めます】と。

 

私たちはボディandソウル。

私たちは

気づいていようと、いまいと、

スピリチャルな存在のようです。

 

目に見える身体を持つ次元(三次元)と

目に見えない魂の次元(五次元)の

【両方に存在している】

らしいです。

 

次元を現す「三」や「五」。

これが正しいのかどうか、私には分かりません。

 

(書籍などにはそのように表現されていますので、準じて使わせていただきます。)

 


三次元では、私たちは生まれて、死にます。【身体。ボディ】

五次元では、生まれもしないし、死にもしません。【魂。ソウル】

 

私たちはこれまで、目に見える三次元をばかりに

気を取られてきました。


しかしながら、三次元を支えているのは

五次元(目に見えない世界)だった

ということが分かってきたようです。


何か困ったことが起きた時、

状況(三次元)を変えようと思ってもムリで

心の持ち方(五次元)を変えた途端、簡単に世界は変わります。


そのようになっているみたいです。


こういうことに

気づくと、安心します。

 

【大事なことは状況を無理に変えることではない】

ということに【気づく】。

 

それだけで

見える景色が変わります。

 

 

 

 

雲をつかみたくて。

まだ何もしらない幼い頃、

まだスピリチャル系の本も読んでいなかった若い頃、

そんな頃から

大人がいう【幸せ】って、【しょうもな…】と思っていたような気がします。

 

でも、説明できるだけの知識を持ち合わせていませんでした。

 

なんとなく

【何かが違う気がするけど、それが何か分からない】

雲をつかむような状態が長く続きました。

 

でも、雲をつかみたくて。

本質が何なのか知りたくて、探り始めてみました。

ぼんやりと見えてくるまで

何年もかかりました。

 

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まだまだ修行中ですが、

今は、ハッキリと自分の言葉で【この世界の違和感】について、

何に対して【ショウモナ】と感じていたのか、

説明できます。

 

 

でもだからといって

誰かを説得したいとか

わかって欲しいとか

組織にして広めたいとか

そういうことではないのです。

 


ただ、自分は【本質でないものを選択しない】

 

…それだけです。

2017年1月の海瞑想。予定

早いもので、

 

2017年の予定を考える時期となりました。

 

石垣島では晴れている日は

 

気持ちよく浜に出ることができますよ。

 

 

 

一月も、金土日限定で海瞑想を開催します。

 

 

 

お天気により、強風や雨の日はキャンセルとさせていただきます。

 

ご了承ください。

 

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海瞑想 in 石垣島のホームページ
http://umimeisou.crayonsite.net/

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